「俺は、お前が嫌いだ」
瑠駆真は目を閉じる。
「お前の恋路なんか、壊れてしまえばいい」
右手の携帯を握る。
「お前だけ幸せになるなんて許さない」
側頭部に鈍痛が響く。
「だってお前は、俺から初子先生を取り上げたんだからな」
思わず息を呑んだところに、甘ったるい声。
「わぁ 山脇くんっ」
嬉しそうな声。振り返らずとも、向こうから顔を覗き込んでくる。甘やかな芳香が漂う。
「どうしたの? 四組に何か用?」
登校時間で廊下を行き交う生徒も多い。いずれ声を掛けてくる生徒もいるだろうとは思っていたが、こうも早いとは思わなかった。なぜならば、ここは二年四組の入り口前。女子生徒が集まるなら目的は四組在籍の金本聡と、相場は決まっている。
学校へ登校してきて、二組の自室へは向わずにまっすぐこちらへ登校してきた。いつもなら教室へ辿り着く前に周囲を女子生徒で固められてしまうのだが、いつもとは違う時間に違うルートを通ったため、遠巻きの視線は集めても、走り寄ってくる熱狂的な相手とは出会わなかった。
「大した人気だな。初子先生に教えてあげたいよ」
小童谷陽翔の嫌味が耳の奥で響き、瑠駆真は軽く眉をしかめる。
「どうしたの?」
ガーネットで飾られた指を伸ばされ、瑠駆真は頬に触れる寸前でやんわりと払い退ける。
「別に」
「そう? なんか気分悪そう」
「そんな事ないよ」
「本当に? 急に寒くなってきたから、風邪でもひいたんじゃない?」
たかが眉をひそめたくらいで風邪とは大袈裟な。咳でもしようものなら肺炎だな。
心内でつぶやきながら、顔では優しく笑い返す。
「本当に、なんでもないんだ」
「お前って、意外と軟派なんだな」
昨夜の言葉。昨夜と言うより今朝と言った方がいいのだろうか。すでに日付は変わっていた。自宅近くの路上で、瑠駆真は陽翔に出会った。
「女子に囲まれてさ、けっこうまんざらでもないみたいじゃん」
陽翔は首を揺らし、半眼を向ける。
「廊下で楽しそうに話してたりするよな。金本だっけ? あっちも結構人気があるみたいだけどさ、あいつは女どもが寄るとあからさまに不機嫌な顔を見せるらしいじゃねぇか。女どもからしてみれば、そんなぶっきらぼうなところがいいんだとかなんだとか」
女の考える事なんて理解できないよ と嗤い、胸で腕を組む。
「その点、お前はずいぶんとお優しいようだな。大迫美鶴が好きだとか言いながら、寄られれば拒まぬ、か?」
そんなんじゃない。
瑠駆真は知らずに拳を握りしめている。
僕には美鶴しかいない。それは間違いない。だが―――
瑠駆真はこのように他者から、しかも女子生徒から手厚い待遇を受けた事はなかった。小学生の頃から苛められ気味だった瑠駆真にとって、集団生活とは常に不安が付きまとう。
いつ爪弾きにされるかわからない。
そんな猜疑が瑠駆真の心から消え去る事はない。
中学までのような立場に転落してしまったら、自分はもはや学校には通えないだろう。美鶴と毎日を過ごす事すらできなくなってしまう。
だから瑠駆真は、女子生徒の存在を煩わしいとは思っても、突き放すことができないでいる。
そうだ、これは美鶴から離れてしまわない為の手段に過ぎない。
そう言い聞かせながら、どうしても陽翔の言葉を無視する事ができない。
寄る者は拒まず。
陽翔にそう思われるのは構わない。だが、ひょっとすると美鶴にも同じように思われているのでは?
女子生徒から受ける好意について、美鶴からも嫌味のような言葉を掛けられた事はある。そのたびに瑠駆真は違うと否定してきた。
自分には美鶴だけなのだと。
だが、いくら言葉で否定したところで、自分は女子を拒んではいない。
聡が廊下で女子生徒にうんざりした声をあげているのを聞いた事がある。見苦しいとは思いながらも、どこかで苦々しくも思っていた。
聡は恐れてはいない。女子生徒が周りから去ってしまっても、聡は構わないのだ。
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